なんでもあり
このスレはTwitter認証でログインしないとコメントが出来ません。
4506 : 名無しさん@ポーカー大好き : 2019/10/05(土) 09:26:11 ID:MGJiODY1ZjZ 0 
当時の海賊は貴族社会に対する反発と行った側面も強く、たとえばイギリスでは不足する水夫を確保するために強制徴募という、
そこいらの住民をムリヤリ水夫にする制度がありました。
こうして水夫に徴用された住民は、ほとんど最低限の賃金しかもらえなかったうえ、食料と呼ぶのも躊躇するような船内保存食しか与えられず、
苛烈な重労働を課せられ、さらにはちょっとしたことで拷問まがいの懲罰を(半分は士官にとっての娯楽だったらしい)受けたために、
年期が開けるまでに半数程度が死亡したといいます。

こうした苛烈な状況ゆえに、海賊に襲われた船の水夫がぞろぞろ海賊船についていってしまうような状況も発生していて、
彼らは貴族社会に反発するコミュニティともなっていました。
具体的には、彼らは階級社会への反発として徹底的な平等主義を掲げていて、獲物の平等な分配はもちろん、
負傷時の保証システムとか、当時としては画期的なくらいの民主的構造を作っていました。
自由、平等、そして仲間を大切にするという、まあ近代的な発想を持ち得ていたんですね。多分に社会に対する反発故に、
それをひっくりかえした社会を作ろうとしていた側面がありますが。

そして、彼らは非常に気前がよかったので、たいがいにおいて港では歓迎されました。
この時代に襲撃の対象となるのはスペインがほとんどでしたが、スペインはおおむね嫌われていましたし、
それ以外の港にとってはよいお客であり、英雄だったんですね。

16~17世紀あたりの海賊というのは、なかなか単純にくくれないものがあります。
名前: sage: